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 はい。では詳細は後日打ち合わせということで、はい。
 追ってメールしておきますので、お願いします。
 はい。ありがとうごさいます。

 ふぅ……。
 全く、人使いが荒い所ですねぇ。あんな調査ぐらい、市営図書館でも行けば簡単に調べられるのに。
 まぁ、そんなずぼらな依頼者がいるお陰で私たちは飯にありつけるわけですが。

 えっと、それでどこまで話しましたっけ?
 そうそう、義田さんから依頼を受けたところまででしたね。

 結論から言うと、私は依頼に事務所を訪れたその一回きりしか、義田さんに会ってはいないんです。
 だからでしょうか、余計にあの時の義田さんが印象に残っているんですよ。
 まぁ実際、彼が本当に怪しい人なのかは分からず終いですけどね。

 依頼を受けた私は、とりあえず未来予知に関する資料を集めました。
 だからといって、その資料はあくまで資料であって、未来予知を肯定も否定もするものではありませんでした。
 しかし、良識ある人間が目を通せば、未来予知なんてあり得ないと思うに足りる科学的な資料になったと思います。

 資料作成にかかったのは三日ほどだったのですが、あれっきり義田さんから連絡はなかったんですよ。
 そうです、例の小説について、見付かったとも見付からなかったとも連絡がなくて、やっぱり未来を言い当てた小説なんて、義田さんの夢だったのかとか、私は感じていましたよ。
 それで依頼から四日目に義田さんの家を訪ねたんですよ。
 アポ無しでいきなりって奴です。依頼に来たとき、連絡先やら何やらは聞いていましたから。

 いえ、そりゃあ、本当に義田さんが普通の会社員なら、平日の昼に家にいるはずがないのは分かってましたよ。
 でも、彼が人には言えない怪しい仕事をしてたのなら、いるかなぁとか。
 まぁ、単に近くまで行く用事があったので寄っただけなんですけど。

 マンションの一室だったんですが、部屋には鍵が掛かっていませんでした。
 それでよく見ればドアに似合わない新しい鍵が付いてあって、こりゃ最近鍵を取り替えたんだなぁ、ってピンと来ましたよ。
 でも、鍵をかけ忘れたら意味がありませんよね。それで、部屋に入れたんです。

 なんです。人を盗人みたいに、言わないでください。
 鍵が開いてたから、中に義田さんがいるかと思ったんです。

 そしたら部屋のテーブルの上に、行儀よく例の小説らしき物が置いてあるじゃないですか。
 義田さんが部屋を探して見付けたのか、どこかに置き忘れていたのを思い出したのか知りませんが、見付かったのなら連絡ぐらいよこせって感じですよ。

 まぁそれで、やっと私も件(くだん)の小説にお目にかかれたってわけです。
 思ってたよりもしっかりした作りで、コピー誌の割に結構分厚い小説でしたが、パラパラと少し読んでみたんですよ。
 喜田川さんも知ってるじゃないですか、私はそんな文学とか小説とかに全然興味がないの。
 正直、まともに読む気はなかったですから。内容はミステリーかサスペンスか、そんな感じに見えました。

 でも、文章中に『P』がどうこうとか、そんな文面があって、よく分かりませんでしたよ。
 察するに、どうやら人物を指した言葉のようでしたが。
 仲間内か本人だけがわかる隠語のようなものだったのでしょう。私にはさっぱりでした。

 しかしながら、最も興味深かったのは、小説のラストの部分でした。
 いえ、ラストと言っても、後半が不自然に白ページが続いていましたから、未完成の小説だったんでしょうけど、まぁ書かれてあった最後の部分だったので、ラストと言えばラストなんでしょう。
 義田さんがビルの屋上で誰かに背後からボールを蹴り込まれ、それが当たってビルから転落して死ぬ、って内容だったんです。

 その時にやっとわかりました。彼がなぜ、未来予知が本当にあるのか知りたがった訳を。
 その小説が本当に未来を言い当てた物なら、義田さんは死ぬことになります。
 だから気になったんでしょうね。そんな未来予知なんて非科学的なもの、存在するはずありませんのに。

 それでですね。本人もいないのに勝手に小説を持ち帰るわけにはいきませんから、その時は何もせずに帰りました。
 彼からの連絡待ちって奴です。
 そしたらどうですか、その日は彼からの連絡なんてなくて、次の日あったのは、義田さんが死んだっていうニュース記事だったんですよ。

 記事によると、丁度私が彼の部屋を訪ねた時間帯に彼は死んだという話です。
 ほんと驚きましたよ。義田さんがビルから落ちて死んで、更にその側にはボールが転がっていたなんて。

 そうですよ。一見、小説のラスト通りの死に方だったんですよ。

 え? 本当に予知が当たったのかって?

 さぁ。私にはわかりませんよ。たまたま義田さんが自殺したすぐ側にボールがあったとか、誰かがあの小説を読んでその通りに見立て殺人をしたとか、可能性はいくらでもあります。
 現場を目撃したわけでも、捜査したわけでもない私が、どうこう言える話ではありませんね。

 そりゃ悩みましたよ。依頼人が死んでしまって、それに状況が状況です。
 依頼人の死が私の受けた依頼に全く無関係だと言い切るのは、楽観的過ぎますよね。
 でも、出来れば私に火の粉が降りかからず何事もなく嵐が通り過ぎてくれればなぁ。と思って、しばらく事務所に籠もっていたわけです。

 いえいえ。現実逃避なんかじゃありませんよ。
 単なる電話番ですよ。しっかり出歩かずに電話番をしましたよ。
 そしたら見事に、一週間ぐらいして警察が事務所に来たわけですよ。
 ははは、さすがに日本の警察は優秀ですね。私と義田さんの接点に気付いたみたいです。
 種を明かせば、義田さんの会社の机に、私の名刺が入っていたってだけなんですけど、そういえば名刺渡したなぁって、すっかり忘れてました。

 ええ、それで警察ですが。確か、石口(いしぐち)と塚狭(つかさ)とかいう二人組でした。
 私を訪ねて来たのは、シンプルにどういう関係か聞きに来たようですね。
 依頼の件は素直に話しましたよ。守秘義務ってやつが頭を過ぎりましたけど、警察相手にごねても、一つも得なんてありませんからね。
 それに依頼者が死んでましたし、守るプライバシーもないでしょうから。

 もちろん例の小説の内容も警察に言いましたよ。
 ただですね。義田さんが死んだ後に警察が捜査に入った彼の部屋からは、そんな小説が見付からなかったって言うんです。

 気付きましたか? さすが喜田川さん。目聡いですね。私は義田さんが死んだ時間帯に、彼の部屋に入って例の小説を見ました。
 しかしその後、部屋に入った警察は小説を発見出来なかった。
 つまり、義田さんの死後、小説を持ち去った人物がいると考えるのが自然ですよね。

 え? そんなこと、警察に話せるわけないじゃないですか。
 殺人事件かもしれない事件の被害者の部屋に勝手に入ったなんて。
 小説は義田さんが事務所に来たとき見せてもらったと話を作って言っておきました。
 ははは、それぐらいの腹芸が出来ずに事務所の所長なんて出来ませんよ。

 部屋に入った痕跡ですか?
 そりゃ私は指紋を残さないように気を付けましたからね。

 え? だって基本でしょ? 人の部屋に入るのときの。
 それに触った物はミリ単位で元の場所に戻して置きましたよ。
 人の部屋に入るときの嗜みってものですよ。
 自分の部屋以外に指紋なんか残したら百害あって一理なしですよ。

 だから、その犯罪者を見る目はやめてください。
 私はその時は不法侵入以外のことを何もしてませんから……。

 そうですね。もしかすれば、未だに私が義田さんの部屋に入ったこと、警察は知らないかも知れませんね。
 『6-2事件』があんな忌まわしい事件でなければ、警察にちゃんと情報提供してもよかったんでしょうけど、あれ以上関わらないで正解ですよ。
 もし、首を突っ込んでいれば、私も死んだかもしれませんからね。

 結局、警察には知らぬ存ぜぬで私は通しました。
 それが功を奏したんでしょうね。私は警察に数回事情を聞かれるだけで済みましたよ。
 そして残ったのが、未来予知に関する資料をまとめたそのファイル一つです。
 そんなところですよ。そのファイルにまつわる話は。

 ……え? オチ?
 ちょっと、待ってください。実際にあった事柄にオチを求めるのは酷というものでしょう。
 私は芸人じゃないんですから。
 それは関西人の悪い癖……、喜田川さん?

 え? えっ? ちょっと何を怒ってるんですか?

 そんなにしょうもない話でしたか?
 何を期待して話を聞いてたんですか!



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