3

 文化祭から五日が経ちました。
 昨日まで自宅で寝込んでいた私も、今日は無事登校を果たし、これまた無事に帰宅出来ました。
 体調は通常の七割ぐらいにまで回復している。
 まぁ、その通常自体が一般の人から見れば十分低い水準ですが……。

「はぁ」

 私の部屋に深い溜息だけが聞こえる。
 もちろんこの部屋で溜息なんか吐くのは私しかいない。

 私の部屋には頴田君の写真が貼られている。
 その写真を見るたび、文化祭で見たあの光景が目に浮かぶ。

 私のクラスの男子も、頴田君が女性と一緒に文化祭を回っているのを見かけたようで、
 頴田君はここ数日、盛んに冷やかされたそうです。
 そして、そういう色恋沙汰は女の子の大好物。
 今日学校に行っただけで、あちこちからその噂は耳にしました。

 『中学校時代の友人』らしいあの女の子。
 冷やかされた頴田君も、その女の子についてそう説明していたらしいです。
 私はここ数日休んでいたので頴田君自身の口からその言葉を聞くことは出来ませんでした。
 今更、私が直接頴田君に聞くなんて蒸し返すような真似は絶対出来ません。
 「頴田君文化祭逢い引き疑惑」の噂も徐々に収まりつつあるのに……。

 しかしながら、頴田君の回答に私は安堵するものの、焦りを感じざる負えません。
 頴田君は嘘を吐く人でないことはよく知っています。
 だから文化祭に来ていたあの女性も、本当に中学校時代の女友達なのでしょう。
 でもその友達との関係が、いつまでも友達とも限りません。

 だってそうでしょう?
 他校の文化祭に来て、男と女が二人でいるなんて、そんなの下心がないわけはありません。
 つまりあの『女友達』は私のライバルということになります。

 この間の買い物で、私と頴田君の距離はぐっと縮まったはずです。
 もう一度買い物に行く約束もしています。
 でも、このままでいいはずがありません。
 待ってても私と頴田君の関係が進展することはない。
 まさか頴田君が私ことを好きになってくれるのを待つつもり?

 何言ってるの。そんなのダメ。
 私が動かないと世界は変わらない。
 待っていても始まらない。
 あの泥棒猫に先を越されるなんて絶対ダメ。
 頴田君に思いを伝えるのは私自身の役目。
 私がやらねば誰がやる。
 ええ、やってやりましょう告白を。

 私はやると言ったらやる女です。
 やるからには完璧な告白をせねばなりません。
 完璧な告白は完璧な作戦から。

 ふふふふ、こんなこともあろうかと、
 以前から『メスザルでもわかる女子高生の為の恋愛講座 アプローチ編』を本屋でチョイスしておいたのです。
 巷で評判の素晴らしいHOWTO本らしいです。
 何たって『女子高生に最強の味方。騙されたと思って買うべし』とケバケバしい帯が付いてるんですよ!
 これは絶対イイ物なんです!

 本にかかったシュリンクのビニールを力ずくで剥がし、早速、目次に目を通す。

 ありました。これです。
 第三章「絶対成功する告白・三つの方法」。

 何せ私には有限の時間しかありません。
 「はじめに」とか、著者がああだこうだ自慢しか書かない所は要りません。
 ついでに一、二章も要らないでしょう。

 うん、そんな気がします。
 ではでは、『絶対成功する告白・三つの方法』とやらを教えて頂きましょう。


 『1.押し倒せ』
 ……えと、あの……、あ〜、とても素晴らしい作戦です。
 しかし小学生並の身長しかない私が頴田君を押し倒すのは、ニュートン物理学的に無理があるような気がします。
 これはちょっと私に合わないかもしれません。

 『2.酒で酔わせろ』
 おお〜。ん? ……あぁ。
 私は広げてた本の表紙を覗き込み、タイトルを確認する。
 なるほど確かに『女子高生の為の恋愛講座』とありますが、相手が未成年だとは一言も書いてありません。
 出版社もなかなかやりますね。
 しかしながら、頴田君を酔わせろと言われても困ります。
 私がお酌すれば頴田君がお酒を飲んでくれるというわけでもありません。

 『3.酒で酔ったふりをして誘え』
 ぅほ〜、なるほど、なるほど。
 女子高生はお酒を飲んではいけないので、ふりをするのですね。
 なかなかの高等技術です。最近の女子高生には演技力も必要だったとは驚きです。
 しかし残念ながら、私は馬鹿正直な人間なので、そういうのは苦手です。
 とても実行出来そうにありません。

 う〜ん。残念ながら、私にはこの三つ方法は実行が難しいです。
 確かに実用的で実践性を重視した作戦ではありましたが、今回は別案にして機会があれば試したいと思います。

 さて、他にいい告白の方法はないものでしょうか?

 むむむむ、私のおバカな頭脳では、名案なんて都合よく思い付きません。
 第一、名案があるのなら既に試しています。

 私は思い付くあらゆる方法を想像する。
 しかし、どのパターンも芳しくありません。
 結論から言うと私は頴田君を目の前にしてしまうと、言いたいことが何も言えなくなるのだ。

 やっぱり手紙かな……。
 彼に会わないで思いを伝える方法。
 古来より伝わる伝統的な日本人の知恵に頼るしかありません。

 敷島の道は日本の道、和歌の道。
 その昔、宮中では歌を文で送ることで愛を囁いたと古文で習いました。
 私には歌は詠めませんが紙媒体で思いを伝えるのには賛成です。
 直接会わなくていいわけですから、頴田君を前にして緊張することもありません。

 というわけで私は、手紙を書くことにします。
 そう、ラブレターです。結局はシンプル・イズ・ザ・ベストってことでしょう。

 ん? 私、便せんを持ってましたっけ?

 レターセットなんて買った覚えがありません。
 手紙なんて生まれてこの方、書いたことがないんです。

 中学校の頃に、クラスの女子で手紙のやり取りをするという都市伝説を耳にしたことがありますが、
 友達のいない私はそれを体験したことはありません。

 私は時計を見上げ時間を確認する。
 九時十五分。
 こんな時間に私が外をうろつけば翌朝死体で発見されても不思議ではありません。
 第一、文房具店もとっくに閉店しています。

 父なら便せんを持っているかもしれません。
 なんたって私の三倍近く生きているのです。
 過去に手紙を書く機会だってあったでしょう。

 自室を出ると、廊下には冷たい空気が満ちていた。
 ひっそりとした家。父はまだ仕事から帰って来ていません。
 独りぼっちの生活には慣れていますが、時々寂しさが私を襲います。

 私は階段を上がって父の書斎を目指す。
 一階で見たことがないので、便せんがあるとすれば、その部屋でしょう。

 私は自室が一階にありますので、二階に上がることは滅多にない。
 私はこの階段を上がる度に家族の優しさに感謝する。

 二階建ての我が家において、私の部屋が一階にあるのは、
 ひとえに体の弱い私が階段を昇降しないでいいようにとの父の配慮だった。
 それに気付いたのは中学生になってから、幼い私は自室が一階にあることに何の疑問も感じていなかった。

 そういうさり気ない優しさ。頴田君に似てます。
 いいえ、頴田君が父に似ているのでしょうか。

 父に似た人を好きになった?
 ファザコンですか、私は?
 私は別にそうでもいいと思います。
 母が死んだ今、父はたった一人の肉親。
 父を慕って何が悪い。

 ……では、頴田君への思いは何なのでしょう。
 私は頴田君に父性を求めてるのでしょうか?
 私にとって頴田君は何なのでしょう。

 私の体は、頴田君のことを想像して心拍数が上がる。

 違う。

 このドキドキはそんなものじゃない。
 やっぱり頴田君は頴田君。
 私の恋は、私の初恋は私の可能性。
 私が、こんなところで最期とならない可能性。
 私は未来を生きるために、頴田君を必要としている。
 絶対、仕事で家にいる時間の少ない父の身代わりなんかじゃない。

 私は決意を堅くします。
 私には頴田君が必要なんです。
 なんとしてでも、この告白を成功させなくてはなりません。

 父の書斎は専門書や書類の山が累々と並んでいた。
 壁一面の本棚にもぎっしり本が並んでいますが、私が興味を示す本は一冊もありません。

 便せんがあるなら書斎机の中でしょう。
 そこ以外に置かれたなら私にはさっぱりわかりません。

 おお、ありました。
 さすがは私の父です。便せんも封筒もバッチリありました。

 これでよし、さっさと撤退しましょう。
 実は、書斎は父が仕事を家に持ち込んで作業する部屋なので、父は私が書斎に入ることを嫌います。
 特に大きくて邪魔なドラフターに触ると、いつも優しい父も私を怒ります。
 やはり商売道具には特別に気を使っているのでしょう。

 私は自分が書斎に入った形跡が残らないように慎重に確認する。
 まぁ父は鈍感な人なので、私が書斎に入ったことにすら気付かないでしょう。

 無事に便せんと封筒を手に入れた私は意気揚々と自室に戻りました。

 そして、さっそく便せんに向かいます。


 『拝啓 晩秋の候 益々御健勝の事とお慶び申し上げます。平素は格別の御温情を頂き……』
 違う。何か違います。
 でも、違うからといって、どう書けばいいんでしょう?

 昔から病弱な私は、部屋の中で一人で時間を過ごすことが多かった。
 だからノートに文章を書いたり絵を描いたりするのは比較的得意です。
 でも手紙となると、出す相手がいないのは致命的。
 それに書いたことのないラブレターなんて、どう書けばいいかわからないよ……。

 う〜ん。ラブレターなんだから、ラブなんだろうな。Love。愛……。愛?


 『私はあなたを愛してる』
 うひゃ、そんなの恥ずかしい!
 でもでも、書かないと伝わらないよ。
 うん、書かなきゃ。
 でも、何て書くの?
 何て書いたらいいの?
 何て書いたら伝わるの?
 私の思い。伝えたい思い。


 『好き好き大好き超愛してる』
 はははは。書くの? 書くの? それを書くの?
 書けるわけないよ、そんなの……。

 一度悩み始めると、これがなかなか筆が進まないもので、一行も書けません。
 なのに時間だけがどんどん過ぎていく。

 私が頭を抱えてあれこれ悩んでいると、急に背後で気配がした。

 私が振り返ると、父が口をポカンと開けて立っていました。

「まだ起きてたのか?」

 父の言葉に時計を見れば、もう日付が変わっていた。
 手紙一枚で随分悩んだものです。
 長時間悩んでも全く書けてない辺りが私らしい所。

「父さん。おかえり、今日も終電?」

「ああ。早く寝なさい。最近体調よくないんだろ?」

 父は無条件で私の心配をしてくれる。
 その配慮は暖かくもあり、うざったくもある。

「父さんこそ、お仕事で疲れたでしょ。今日は勤労感謝の日なのに……。私はこれが終わったら寝るから」

 私の言葉を聞いて安心したのか、父は私の部屋から出て行った。

 そういえば、父は私の部屋に入るときにノックをする。
 今それがなかったということは、私が寝ていると思っていたことの証拠。
 寝ているはずの私を心配して見に来てくれた証。
 いつもは私が気が付かないだけで、毎晩私の様子を見に来てくれているのかもしれない。
 父さんも心配性なんだから……。

 私は最近血をよく吐くことも、この間倒れたことも父に隠している。
 学校の保健医である由利先生から連絡が来ているかもしれないが、私は父に話してはいない。

 父に要らぬ心配をかけたくない。
 父が心配しようがしまいが、私の体の状態に変化はない。
 だから私は、仕事を頑張っている父の心労を増やしたくないのです。

 さて、それじゃあ。
 さっさと手紙を書き上げて寝るとしましょう。

 私は再び便せんに向かう。
 でも、なかなか良い文章が思い付かない。
 脳味噌はフル回転。
 その実、手に持ったシャーペンは私の手の上を回り続けるだけ。

 無理に気の利いた文章を書こうとするのがいけないのでしょうか?
 ここは一つ、基本に忠実にいってみましょうか。


 『ずっと前から好きでした』
 ……ずっと、って何。頴田君と一緒のクラスになったのは、この春なんだから、
 『ずっと』って言葉はちょっと変。


 『好きです。付き合ってください』
 無難ですね。
 この路線でいきましょ……。
 あれ? 芯が出ない。

 シャーペンをノックしても、虚しく音がなるだけ。

「シャー芯…。シャー芯」

 独り言を呟きながら筆箱を探して、私は愕然とした。

「筆箱、教室に忘れ来た……」

 今日は久しぶりに授業を受けたのが悪かったのでしょうか。
 通学鞄を探しても筆箱は見付かりません。
 シャー芯は筆箱に入っているだけしか持ってない。
 私の部屋に置いてある筆記用具なんて、このシャーペンぐらいしかないですし、どうしよう?

 ん? これは……。

 机の中にペンが一本だけありました。
 試し書きをしてみると、インクは出るようです。
 まぁペンには変わりないですし、別にこれで問題ないでしょう。

 私は気を取り直して、赤のフェルトペンを手に便せんに向かう。


 『あなたが好きです』
 いまいちパッとしないのは、なぜでしょう?

 う〜ん。……そっか。
 私は頴田君に『あなた』なんて言わないんだ。
 頴田君は『頴田君』だよね。
 借り物の言葉じゃ駄目なんだ。
 私の思いは、私の言葉で書かなきゃ駄目なんだ……。


 『頴田君が好き』
 ペンでそう書くはずだった。
 なのに急に手が動いてくれない。
 たった六文字が書けない。

 さっきまでは普通に書けていたのに、借り物の言葉から自分の言葉に変えただけで、手が震えていた。
 私の気持ちを素直に書くことが出来ない。

 書けないよ。どうしよう。書けない。

 私が書こうと懸命に頑張る度に、腕は震えて字を歪ませる。

 ダメ、こんな震えた文字じゃダメ。
 私は便せんを丸めるとゴミ箱に投げ捨てる。

 私の意気地なし!

 たったの一言も書けないの……。

 落ち着いて。
 単に紙に字を書くだけじゃない。

 私は深呼吸して、気合いを入れる。


『頴田』
 ダメ。まだ震えてる。

 緊張を無理矢理抑えて書いた文字は、普段の何倍も汚い。
 それに『頴』の字は微妙に画数が多いから読みづらくなってる。

 どうして書けないの。
 こんな簡単な言葉が。

 これを読む頴田君の様子を思い浮かべるから? 
 これを読んだ後の頴田君の答えを聞くのが怖いから?
 私の手はどうして震えているの?

 私は丸めた便せんをゴミ箱に投げ捨てる。
 思いを伝えることがこんなに難しいなんて。私は歯がゆかった。

 幾度となく挑戦していくが、私の手の震えが私の邪魔をする。

 昔から慣れ親しんだ母国語を書くだけなのに。
 この手さえ震えなければ、こんな文を書くの、三十秒もかからないのに。

 ……手が震えなければ?

 手が震えなかったらいいの?
 だったら……。

 私は机の引き出しを開けプラスチック定規を取り出した。
 それをあてがいならが線を引く。
 ペン先は定規のエッジ通りに直線に導かれていく。

 震えない、震えない。
 これで字を書けばいいんじゃない。
 私ってあったまいい〜。


 『頴田君が好き』
 うん。上手く書けました。
 直線的で整った小綺麗な字。
 我ながら満足の出来です。

 『頴田君が好き』
 『頴田君が好き』
 ふふふふ、イイ感じです。

 あれ? 繰り返し書いちゃったけど。
 内容ってこれでいいのかな?
 ああだこうだ、うだうだ書くより伝わりやすいとは思うけど……。

 う〜ん。そうだ!
 この際だから紙一面に出来るだけイッパイ書こう!
 イッパイ書けば、イッパイ私の思いが伝わるかも!

 『頴田君が好き 頴田君が好き 頴田君が好き 頴田君が好き
 頴田君が好き頴田君が好き頴田君が好き頴田君が好き頴田君が好き』

 ふふふふふ。何かノってきましたよ。
 どんどん書いちゃいましょう。

 慣れてきた私は定規を素早くあてがって、字を書いていく。
 頴田君への思いが書けるというだけで、妙に気分がいい。
 私は次々と文字を書き上げる。

 ふふふ、出来ました。完成です!

 後はこれを頴田君に渡せば、ふふふふ……。あれ?

 私の字で埋め尽くされた便せんに、暗赤色のインク溜まりが出来ています。
 おかしいですね。そういうことにも気をつけて字を書いていたのに。

 見る見るうちにインク溜まりは増えていきます。

 あれ? どうして?
 私がインク溜まりに触れてみると、まだ乾いてないのか、私の手にべったりと赤い……。

 あちゃ、これ血だ。

 こと血に関して、私は普通の人より見慣れています。
 その私が血と認識するんだから、これは血に間違いありません。
 これが血だとすれば、その発生源は一つしかありません。

 私が口元を手で拭うと手にはべっとりと……。

 えへへ。
 ちょっとラブレターを書けるのが嬉しくて、はしゃぎ過ぎたみたいです。
 口から血を吐いているのに気付かないなんて、私っておバカさんです。

 吐血を自覚した瞬間、口内の異物感と嘔吐感が、私に襲いかかってくる。
 咄嗟に口を押さえようとするが、既に口の中に広がっていた液体は、咳と共に飛散する。

 やっぱり夜中に作業を続けた無理がたたったのでしょう。
 私は洗面所に駆け込みます。

 蛇口を捻ると、けたたましく水道が流れる。
 水と血の混じったピンク色の液体が排水溝へと消えていく。

 幾度とない咳で私のナカにある血は排出される。

 私の血が流れていく。
 それは私の命そのもの。

 私の命も、汚物として下水処理されるのでしょう。
 なんて軽い命。

 ははは、笑えます。
 笑えてきます。

 私がどんなに懸命に生きたって、所詮、私の命は軽薄。
 そんなに私の命に意味はありませんか?
 私の生きる意味って何ですか?

 私にください。
 私に授けてください。
 私に希望をください、頴田君。

 どれだけ洗面所で座り込んでいたんでしょう。
 吐血の疲れからか、頭が上手く働きません。とにかく、父に吐血がばれる前に、部屋に戻らなきゃ。

 駆け込んで来た洗面所を出ると、家の中は暗闇と静けさに包まれていた。
 人の気配はしない。父はもう寝てしまったのでしょう。
 私は父に心配をかけなかったことに安堵し、自室へと戻りました。



 あっ。
 忘れていました。
 私、手紙を書いている途中でした。
 途中というか、便せんが完成した所なんでした。

 あららら。
 ちょっと便せんが赤く汚れてしまいましたね。

 では、さっさと書き直してしまいま……。

 び、便せんがありません!
 今ので最後だったなんて……。

 ど、ど、どうしましょう?
 他の便せんなんてありませんよ。
 ノート派の私はルーズリーフも持っていませんし。

 私の脳内に二つの選択肢が浮かび上がる。


 A『便せんを買って来て、後日に書き直す』
 B『ちょっと赤いけど、このまま明日渡す』


 うん、断然Bですね。
 機を見て動かざるはとか何とか、そういう言葉があった気がします。
 早いに超したことはありません。
 私には急ぐ理由があるんです。

 それじゃあ、拭き取れる分は拭き取ってしまいましょう。
 私はティッシュで血を拭き……、えへ。
 ちょっと血が広がっちゃいました。

 ははは。でもいいですよね。
 私の体の中にあったものです。
 そんなに汚いものでもないでしょうし。

 うん、これで完成です。

 あとは、この茶封筒に入れて、と。

 ふふふふ。
 遂に私のラブレターの完成です。
 これで後は渡すだけです。

 ……はっ!

 渡すんですか!
 私が、頴田君に?

 それはちょっと恥ずかし過ぎです。
 勇気を振り絞っても、なかなか出来る芸当ではありません。

 ここは一つ先人達の良き知恵を拝借して、靴箱投函作戦に致しましょう。
 幸い、うちの学校は上履き使用の学校ですから、一人に一つずつ靴箱を完備しています。
 これを使わない手はないでしょう。

 そうと決まれば、さっさと寝ましょう。
 明日の朝は早いですから。
 明日と言いつつ、もう今日なんですけどね。

 みんなが登校する前に、頴田君の靴箱に手紙を投函しないと見られたら恥ずかしいですもの。

 私は倒れ込む様にベットに伏した。いえ、実際に倒れたのかも……。





第三章の4へ  トップへ戻る